アメリカで暮らす・車社会

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車社会

アメリカ生活では 車がなくては身動きがとれません

日本の都市圏に住んでいる人が享受している 電車・地下鉄といった公共交通機関による網を張ったような状況は まず期待できないのです

云って見れば 日本の地方都市に見られるような状態がずっと前から発生しているのです
このため セントルイスでも モノレール線はあるようでしたが それ以外の交通機関としてはバスということになります

ヒットした”スピード”という映画では ヒロインが通勤途上のバスで事件に巻き込まれますが このバスを利用する理由が 
交通違反による免許の停止中である
といっていたように思います

おかあさんが両親を連れてやって来たときには 平日昼間出かけるにも足がありませんので
市内の観光へでるのにバスを利用しました
この時 周りの乗り合わせた人達から声をかけられたそうです
(この辺りがアメリカ人ですね 自分の退屈を紛らわせるためもあるかもしれませんが 見ず知らずの人にも気軽に声をかけるのです)

話してみると やはり バスを利用する理由は
車の故障 
免許の停止などだったそうです

来て間もない頃に私も試しに 徒歩で2キロほど先のショッピングセンターへ
出かけてみたことがあります
歩道がないところもあり怖い思いをしました
それに 歩いている人などまずいませんから 安全面でも問題があると思いました

このためこれ以降 アパート近辺で行う夕方のウォーキング以外では 歩こうなどとは思わなくなりました

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免許を取る

車を運転するには免許がいります オーストラリアでレンタカーを借りたときは日本の免許がそのまま利用できましたが ここアメリカでは通用しません 
そこで赴任当初は日本で発行してもらった国際免許を利用しましたが これがまたでかい!
ご存知の方も多いと思いますが単行本ほどの大きさで 厚さはちょっとした厚紙ほどもあり二つ折りとなっています 
持ち歩くのにどれだけ困るかは 考慮してもらえて無いようです それとも国際ルールなのでしょうか!?

レンタカーの係りから 
こんなの見たことない〜ッ! と笑われるくらいの代物でした 

この国際免許が有効なのは発行から一年間なので その間に現地の免許を取得する必要があります

取得は 真に簡単!!
まず警察から 日本で言う”交通教則”本をもらってきて 基本を学びます

上のコピーがミズリー州の2000年度の交通教則本で 表表紙と裏表紙になります

大きさはアメリカのペーパーバック本よりチョット大きいかな? それ程厚くはありません

そして 下のコピーが記載されている内容の一部です
アメリカではスクールバスの安全が第一となっていますからここは ”注意”事項だと赤線を入れていますネ

そして わかった! となったら いつでも学科試験を受けることができます
これは 英語以外にも 
さすがアメリカ!ですね  日本語のものもあるということです

おとうさん 知らなかったこともありますが英語の問題で受けました
これが悪かったか 見事落第!!

ショックでしたが 休憩時間にもう一度教本を見直して 再度挑戦します
そう ここでは一時間ほどの間を置いて一日二回試験があるのですが それを連続して受けられるのです 
それもまったく同じ問題なのです

これは全米で共通なのかどうかは判りませんが よく言われる 落とすための試験ではなく理解を深めさせるための試験 というのは本当だったのですネ 改めて ここでも車社会の一端を垣間見た気がします

でも ウッ! ショックの上塗り〜ッ!!! またも落第でした
その夜 もう一度教本を見直したのは云うまでもありません

恥ずかしながら 次の日の三度目の試験でやっと合格した次第です
後で 同僚に 試験問題はと聞かれて 同じだったよと言うと 
”へーェ 普通は問題が変わるはずなのに ラッキーだったね”
と言われました そういえば そうですよネ

それはさておき ”学科”に合格すれば すぐにその場で実技試験を受けられます
試験方法は試験官が 受験者の持込の車に同乗し 辺りを一周させてあれこれ指示を出し採点するのです

おとうさん 持参のレンタカーで試験を受けます
まず 乗り方からチェックを受けるのです ドアを開ける前に周りの状況を確認したかどうか
乗車したら 左折・右折のシグナルを出すことを指示されます
そして 同乗してのドライブです バック 前進 左折 右折 そして最後に縦列駐車を指示されました

そして採点が終わっての結果は ”速度の出しすぎ” だと怒られはしましたが 今回は無事合格
良かった〜ッ

下のコピーはその時の採点表です 2000年の8月25日の日付が見て取れますね

学科が92点 実技が79点となっています
あのときの実技検定官の渋い顔が思い浮かびます

ここで云う クラスF と言うのは たぶん日本の普通免許に当たるのだろうと思います

合格すればその証書を持参し 町中にある免許発行事務所に出向き手続きを行なえば即日交付されます
身長・体重(まだフィートやパウンド表記に慣れていないので分からないと言ったら こんなもんかなと二人の係員が相談して書き込んでくれました) それに目の色を確認され ライセンスナンバーをどうするか聞かれました 
どうしたものか判らなかったので皆はどうしているのか聞いたら 社会保障番号を利用している人がほとんどだ と言うのでそうさせてもらいました

これが後に 我が身を救う(とは 大げさですが )ことになるとは思いませんでした
詳しくは 同じく番外編の ドライブの項 西部編を御覧ください

それはさておき この後は その場で写真撮影を行い免許証が作成されて交付されました いくらか費用を払ったようにも思いますが 記憶に無いので いくらでもなかったと思います

上のコピーがミズリー州の ”歳入庁運転免許部” とでも訳すのでしょうか その部署の名で発行されたレシートです

実に 真に簡単でスピーディーな手続きでした 

これで晴れて アメリカの免許を持ったわけですが もし また別の州に引越しした場合は改めてその州の免許を取る必要があるそうです

因みに 免許の有効期限は6年後の自分の誕生日まででしたが あの 9.11のテロがあってからは有効期間は短くなったそうです

参考までに免許の裏側も載せておきます
献体に同意する人はここに署名をしておけば 万が一の際には最後の人助けが出来るようになっているのです

一方 おかあさんの場合は日本でも免許を持っていないため こちらで一から始めることになりました
つまり教習から初めることになったのです

具体的には 日本のような教習場などはありませんので まず 電話帳から自動車教習をしている人を探すことから始まります
そして 条件を確認したうえで申し込んで教えてもらうのです

やり方は アメリカ映画などで目にする方法ですが さすがに教習を専門の仕事にしている人ですから 使う車は助手席に日本の教習車のようにブレーキがついたものだったそうですが これで自宅アパートまで迎えに来てくれて 同乗して 運転させながらルールやマナー それに試験のこととかを教えてくれるのだそうです

日本人が珍しいことと 話好きなアメリカ人のオジさんなので楽しく覚えられたそうです

お母さんが 支払いの小切手に漢字でサインをしたところ 始めてこんなのを見た!! と喜んでくれて 自宅に帰って家族全員に見せたそうです

また 教習中の雑談で
昔はミズリーの免許は国際免許であったので この免許取得のためにわざわざドイツから来る人が大勢いたといっていました
その方が旅費を使っても自国で取得するより費用が安くて 早く済むというのが理由だったそうです

もう一つは車の話で このオジさんが今乗っているのは日産車でしたが
これにしたのは アメリカ人は”NISSAN”と”DATTSAN”が同じメーカーだと知らないから NISSAN車は安く買える(!!!???)のだといったそうです
嘘のようなホントの話です

そして おかあさんは 無事一発合格!!

でも運転はいつまで経ってもおっかなびっくりです

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車を買う

さて免許が取れたので 次にレンタカーを返してマイカーを買うことにしました 

車を買うのは 二通りあります フリーペーパーで広告を載せた人から個人的に買うか 自動車ディーラーへ出向き購入するかです
今回は ”安心を買う” ためにディーラーから ”新車” を購入をすることにしました

駐在員の中では 売却するときに他車より高く売れるからという理由で日本車を買う人が多いらしいのですが そんなことで決めたくありませんし 日本車に乗るのは日本にいれば普通のことですからつまりません 
せっかく車大国のアメリカに来たのですから やっぱり買うならアメリカの車と最初から決めていました

いろんな車種が候補に浮かんでいました 
クライスラーはジープのシリーズが気になっていましたがやはり品質面で二の足を踏んでしまいます 
フォードはリンカーン以外はデザイン面からあまり触手が動きませんし そのリンカーンもお高い!! 
そんなわけで結局 GMの車から選ぶことにしました アメリカ人からはシボレーを薦められましたが できればもう少しゆったりした上位の車種と思いました

そうなると キャデラックかビューイックと言うことになります 
ただ社長車がキャデラックなので これは遠慮することとして 一段下のクラスにあたるビューイックに絞りました
日本車でたとえると クラウンやセドリックがキャディラックに相当し マークUやスカイラインがこのクラスに相当します シボレーはコロナやブルーバードに当たるでしょうか

地元の社員にディーラーに連れて行かれて折衝もしてもらいましたが 結構なクラスの車種が販促費(このときは五千ドルでした)が出るため3万ドル程度で提示されたので心動きましたが 比較検討のためもう一店回ってみることにしました 
結局 二店舗目でデザイン的には今ひとつでしたが 3万ドルをきる価格であったことと ディーラーのある場所が通勤途上であることも何かと便利かと思い ここで提示されたビューイックのセカンドクラスのル・セイバーというセダンに決めました
色は アメリカでの初心者と言う意味を含めて ”グリーン” だったのでそれも決め手の一つになりました

3500CC V型5気筒でしたか シフトレバーがフロアタイプではなくハンドルに付属しているコラムシフトなので前席はベンチシートになっており3人掛けで 後ろも3人の6人乗りとなります
実はこの頃 GMは機種の絞込みを行っており ビューイックやポンティアックなどは整理対象の車種になっていたのです 
だから安かったのかな!?

この車はさすがに大きいし内装が革張りでしたから座りごごちも良く ドライブの楽しさを味あわせてもらったものです

最終的に走行距離89000マイルになりましたので キロに直すと14万キロを越えたのですから 年にして5万キロ弱のアメリカの大地を走ったと言うことになります

参考までに主なドライブ先を示してみます

これで見ると ボストンが一番遠いところでしょうか
西部もぐるっと回ったので距離的には多いと思います

旅行記は番外編の ドライブの項を御覧ください

因みにアメリカのディーラーは日本と違い自身で仕入れた車を売ります 
つまり お客の好みを考慮し こんなオプション こんな色などとメーカーと折衝した上で 自ら購入し展示して来客を待っているのです
このため現物を見て値段が折り合えばその場で乗って帰ることも可能です でも気に入ったものがなければ別のディーラーへ行くか 新たな発注をしてもらうことになります

そう それと書き加えておかなければならないことに車検と品質のことがあります

車検という制度は皆さんご存知のように アメリカにはありません 各自が責任を持って品質の維持に努めるという自己責任の考えです
このため オイルの交換や一年毎の整備などは履歴を取っておくのが常識のようです そうすることで自動車任意保険料や 下取り価格の助けにするのです
私も地元の整備工場に定期的に持ち込んで備品の交換やチェックをしていました 自分でやっても部材などはアメリカでは安く種類も豊富なものですからそうする人も多いそうです

品質については 3年の間に一度リコールがありました たいした内容ではなかったのでしょう 内容は覚えていません ただリコールの案内があったにもかかわらず交換部品が来ていないと言うお粗末さは覚えています

これ以外では 買って一年ほどで右の後部ドアの窓ガラスが落ちて上がらないと言うことがありました
保障期間内だからとディーラーに持ち込みましたが なんと!走行距離が上回っていたので有償となってしまいました 千ドルくらい懸かったと思います

地元の人に言わせれば そんなの文句を言えば保障の範囲に入れてくれるのに と言うことでしたがそこまでの元気はありませんでした

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ガソリンスタンド

車に付き物は ガソリンです これが無くては車は無用の長物と言うことになります
ガソリンを入れるのは 云わずと知れた ガソリンスタンド アメリカでは ガス・ステーションと呼びますが です これには 今では日本でもお馴染みとなった二通りの営業の仕方があります

全てを従業員任せにするフルサービスと 給油を客が行うセルフサービスの二つです これを思うときいつも思い出すのが アメリカで見たTV・CMです 何のコマーシャルだったかは覚えていませんが フルとセルフの扱いが面白くて覚えているのです こんな風でした

暴風雨の夜 スタンドの店内で従業員がテレビを見て寛いでいます その時初老の客が 窓ガラスを叩いて来意を告げます
店員は 大急ぎで防水服を着用し ポンプの前に飛び出します
そして 怒った顔で 掲げられた看板を ”FULL SERVICE” から ”SELF SERVICE”に切り替えて事務所に戻ってしまう
という 真にアメリカらしいスパイスの効いたCFでした

最初は慣れてないのでセルフでの給油にはチョット ドキドキしました
キャップを閉め忘れたのではないか きちんと締めたかなどと後で心配になってしまいます でもそのうちあんまりにも当たり前なので 慣れて心配などはしなくなりました

支払いなどは クレジットカードや現金を受け付ける日本の現在のような機械がついているところはめったにありません
給油が終われば 支払う場所は事務所のレジまで出向きます そして自分のポンプの番号を伝えて現金・小切手或いはカードで決済することになります

今ではもう日本でも当たり前のことになってしまいましたが アメリカはもうずっと前から経費節減・省力化が図られていたのです

下の写真は 日本でも最近は御馴染みになったコンビニ兼用の事務所のものです

慣れていない時といえば 油種の違いのことがありました

スタンドに寄るとポンプが日本と同じ様に3種類あります でも軽油が混じっているわけではなく なんだか判らない数字が 87・89・92 と記載されているのです
始めは わからないから一番安い数字のものを入れていました 現地の社員に聞くと一番安いやつでいいのだ 教えてくれました

この数字はオクタン価を示しており 日本で言う レギュラー/ハイオク の違いにあたるのでした

因みに標高の高いコロラド州で給油したときには この87のものがありませんでした きっとノッキング防止のためにオクタン価の高いものしか置いていなかったのだろうと思います

上に掲げた写真は同じくWebから拾ってきたものですが ここではもう レギュラー/ハイオクと併記されているのですね

価格は 初めのころは一ガロン1ドルもしなかったと思いますが その後少しづつ上がってきました
車社会なのでガソリンの値上がりは響きます でも 一ガロンが 3.8リットルくらいですから日本に比べれば格段に安かったのです

今は5ドルを越えているのであれば リッター130円となるのでしょうか あまり変わらなくなりましたネ〜

後は イリノイで給油していると良く目にしたのが Ethanol (エタノール)配合と言う文字でした 始めはなんだろうと思いエンジンに影響が無ければいいがと心配したものですが 今では当たり前になりました

また 軽油のことですが 日本だとガソリン(の半額とは行かなくなりましたが)より安い と言うのが常識ですが アメリカでは軽油の方が高いのが当たり前でした 
所変われば品変わるということですね 一つには税制の問題だと思います

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ハイウェイ

日本で高速道路のことを ”ハイウェイ”と呼びならわしたり ユーミンは”フリーウェイ”と歌ったりしますが どうもこれは何れもアメリカの高速道路のことで 日本のそれは料金を徴収されますので 本来は ”ターンパイク”(TURNPIKE)と呼ぶべきものだと思います
この呼び名は ”箱根ターンパイク”でおなじみでしょう

アメリカにおける国道 インターステイトはまず料金を取られる箇所はありません あったとしても一部の区間でせいぜい一ドルかそこらを支払う程度のことです このため道路の維持管理が連邦政府の財政の如何で良くもなり悪くもなるという状況に陥ります
私たちが赴任した頃は景気が上向きになってきており至る所で道路の改修を行っていました このため 夜中には危ないから走るなと聞いていましたが 実際には路面状況で不安を感じたことは一度もありませんでした ホント良かったです!

上の写真は セントルイス郊外を走るI−70ですが このように都市部近辺では片側3車線以上の大きさを持っています これが2車線になると アァ 田舎に出たな! と思うのです

これはグーグルのストリートビューからのコピーですが ほんと! 便利になりましたネ〜
このストリートビューを使ってかつて住んでいたアパートや懐かしい場所などをついついウロツイてしまいました

このインターステイト 頭文字を採って I−XX と表示しますがこの名前の付け方はご存知の方も多いと思いますが 東西に伸びるか 南北に走るかで区分されています

大陸の東西に伸びるハイウェイは 偶数 
反対に南北に走ると 奇数番号が付与されるのです

セントルイスでの例を引くと シカゴからニューオリンズへ南北に走るものは I-55
東はフィラデルフィアから西はデンバーの先に延びるものは I−70 となっていました そしてこの幹線からバイパスが出ると この数字の百の位に 数字が付与されると言うのは番外編の アメリカで暮らす・アパート探しに記したとおりです

そして こちらが I−70の二番目のバイパス I−270の写真ですがここ辺りは都市部の交通量の多いところですから片側5車線になっています 初めて来たときにはその広さときれいさに驚いたものでした
そしてこの絵の右肩に看板が出ているのがお分かりになりますか

こんな風に この出口ではこんなスタンドがあり 宿はこんなのがあります と示しているのです
日本と違って無料の高速道路ですから乗り降りに制限がないので 高速道路上に日本のようなサービスエリアなどは カンザスで一箇所見ただけで後は見たこともありませんし 必要ないものなのです 
もっとも休憩エリアはちゃんと設けられているのは云うまでもありません

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ルート66

ハイウェイと言うことでついでに一項加えます

アメリカのハイウェイで有名なのは ルート66 
アメリカのTVシリーズで有名になり 歌もナットキングコールのものでこれまた有名ですからほとんどの方がご存知と思います

でもたいていの探訪記や映画などで取り上げられるのは西部のアリゾナやニューメキシコ テキサス辺りでしょう
実はこのルート66はロスアンジェルスからシカゴまでの旧道ですから ミズリー州も通っておりセントルイスもちゃんとその通過点となっているのです

Webから探してきた地図ですが この中の MO と書かれているのがミズリー州の略称です

今では そのほとんどの部分が I−44 と I−55が走っているのであまり目立たないし 写真にもなりにくいのでしょう ほとんどミズーリとイリノイ側の紹介は無いように感じます

でも 郊外のゴルフ場などに出かけると 脇道に入る箇所などにふと さりげなく上の左の写真に見えるような看板が立っているのに出会います

やっぱり何でも写真に撮っておくべきですね その時は当たり前でも今となっては手に入れることも出来ないのですから

右の写真の橋などは ホント ゴルフ場の帰りに見かけたものじゃないかと思ったので借りてきました

今 再びグーグル地図などを見ていると セントルイス郊外に ルート66を記念した公園もあったのですネ これは知りませんでした

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マナー

アメリカ人は車社会としての歴史が長いこともあり 車社会発展途上国の日本やそこらの国に比べて大変マナーがいい人が多いと思います

特に地方のそれはこちらが恐縮するほどのマナーです
反対に都市部はチョット気が短い人が多いのはいずこも同じですが

マナーのよさの一つとして挙げれば 車線規制の際の合流に見て取れると思います
日本だと グチャグチャと一番先の合流地点で団子になるのが普通ですが ここでは なんとまだずいぶんと合流地点は先であるにもかかわらず皆静々と規制のかかっていない車線に合流し穏やかに規制地区を通り過ぎてゆくのです
また こちらで暮らしている日本女性が言っていましたが こちらにいるときには運転に緊張は感じないのに 日本に帰って運転していて道を間違えて躊躇しているときなど目一杯クラクションを鳴らされて緊張の上にも緊張が募るので 嫌だといっていました

確かに 運転上の思いやりと言うのはあちらが上のようだと思います
但し NYやシカゴなどは大阪や東京と同じくらいせっかちだと言うのはもう一度書き添えておかねばなりません

昼間のライト点灯 

最初の頃はレンタカーであったと言いましたが あるときエンジンをかけるとライトがついているのに気がつきました アッ イケネー! 点けたままエンジンを切っていたかと思いましたが 今はまだお昼です

なんだか間違った操作をしたのかも知れないと あせりました ライトのSWを切って走り始めましたが良く見ると多くの車がライトを点けたまま走っているではありませんか
ア〜ァ これは昼間点灯の実践なのだと 初めて気づいた次第です その当時の車は全てエンジンをかければライトも自動的に点くようになっていたのです

車の存在を知らせるためにもいいことですよネ

これはマナーとはまた別の話ですが 日本と少し違ったルールがあるので紹介します
これはぜひ日本でも取り入れてもらいたい点です

それは交差点以外での 日本においては 右折 アメリカでの左折のことです
チョット絵に書いて見ましたが 反対車線を横切って進入する際は片側一車線であれば後続車が連続することがあり渋滞の原因になります

でもアメリカでは この点を道路を三車線にして中の一車線を左折用の専用レーンとしているのです これであれば渋滞も事故の確率も大きく減ることになり 大変いい方法だと感心しました

交通教本にも載っていましたので コピーを載せておきます

尚 このレーンは曲がる直前に利用するのが前提で もしここを早く進むために利用した場合は 即座に罰金・逮捕の対象となります

また 罰金・逮捕と言うことでは 障碍者マークのある駐車場に資格も無いのに停めたりすると即座に行政処分の対象となってしまいます そういう点で真にメリハリは厳しいものがあります

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交通違反

短い駐在でしたが その間に おとうさん 二度切符を切られてしまいました

始めは おかあさんが大学院生の生活を始めるイリノイ州シャンペーンで切られた駐車違反でした
何のときかは覚えていませんが パーキングロットの時間超過で6ドルの罰金を払え! と言うものでした郵送となっていましたから とりあえずセントルイスに戻ってアメリカ人に聞くと もう二度とシャンペーンに行かないのなら無視 もしこれからも出かけるのであれば素直に支払いをした方が良い!とのことでした

そこで素直に支払いをしたのですが おとうさん慣れていないのでついいつもの小切手帳から払ったところ 再び連絡があり域外の銀行のものなので追加2ドルだ! とのこと
こんなときは 郵便為替を使うのだと理解したところです

もう一度の違反は 番外編のドライブの項東部・ボストンへのドライブのところで書いたとおり イリノイ州シャンペーンの町外れでのスピード違反でした
この地点は道が狭くなっており また通学路でもあるために速度制限が一段と制限されているところでしたので いつもであれば 注意して走っていたのにこの日は疲れからかうっかりして速度を落とすことなく通り過ぎてしまい 気づいたら後ろにパトカーがサイレンを鳴らして走っているのでした

抗弁してみましたが うまく立ち回れるほどの語学力があるわけでもありませんので 素直に受け入れ罰金を支払いました
もうこのときには 帰国の時期が決まっていましたから それこそ無視しても問題ないとは言われましたが 後味が悪いのは嫌なので このときはちゃんと郵便為替で支払いを行いました

因みに この後 警察から手紙が来て半年内に無事故無違反ならば初犯なので履歴が取り消しとなること もっと早く履歴を消したいなら 講習を受けることで可能である 旨の連絡を受けました
別にどうと言うこともないのですが 他社の駐在員が 講習を受けたことがあると言っていましたので つい私も記念に受けてみることにしました

内容は 言ってみれば日本の免許更新時の講習のようなものでした 
でも ユーモア溢れるアメリカです
居眠り運転の防止には 咥えタバコが良い なぜなら居眠りをすると落として熱さで目が覚めるとか いややっぱり ソーダを飲んでいる方が良い なぜならこぼして濡れて目が覚めるからだ! などと講師が話を進めるのです

今ではいい思い出の一つです

因みに アメリカではほとんどの人が運転します ということはほとんどの人が自動車保険に加入することとなるのですが この保険金は 車両の年式・型式で違いますし運転手の年齢でも大きく変わります
特に 若者は事故率が高いので掛け金が上がりますが これに事故や違反の履歴が加わるとその費用負担はたまらないものなのだそうです

知り合いの駐在員の話だと 息子さんが高校生のときスピード違反をしてしまったので次回の保険金が倍額近くに上がりそうだと分かり 弁護士に依頼して調停を頼み何とか シートベルト不携帯ということで収めてもらったことがあったということでした

アメリカというところは 信賞必罰の大変厳しい社会でもあり また半面交渉事が当たり前の社会であるということを改めて感じたものです

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雑感

車社会での思い出としては 動物の事故死ということを思い浮かべます

アメリカはご存知のように 自然豊かな先進国です このため野生動物が道路を横断する頻度が高いため至る所で事故にあった動物を目にするのです

一番多く目にするのが アライグマの哀れな姿です 次は鹿でしょうか これは高速道路で よく それこそ 鹿煎餅になったのに出会います
リスやウサギは生息数が多いのですが 夜行性でもないためかそれ程の犠牲にはなっていないようです

事故の中で一番 悲惨 (運転手側のですが) なのは スカンクだそうです 
もう何週間も車にすごい匂いがついて どうやったってそれを消すことが出来ずたまらないのだそうです 

私も自宅近くの道路を走るたびに ガス漏れのときのあの匂いがしていましたのでなんだろうとずっと思っていたのですが あるとき路上にあの黒白の縞の哀れな姿を見つけて ア〜ッ この匂いがそうなのかと思い至ったことがありました

もう一つは 鹿で この7〜80キロある体がフロントガラスを割って飛び込んできたら もう搭乗者は生命の危機を迎えることになるのだそうです
想像してみてください あの体で飛び込んできて4本の足が暴れたらどうなるか・・・・ 

これは北海道でも同じような状況で 運転手の啓蒙を行っていたのに弟子屈町で出会ったことがあります

私たちは幸いにも事故にあうことはありませんでしたが 高速で横断しようとしていた二頭の若い鹿や 夜中に道路を横切ったアライグマ そして サウスダコタのハイウェーで横切ったプレイリードッグの3回ほどの遭遇はありました

参考までに プレイリードッグの写真です

こんな姿ですが 結構早く走るものだとは 横切られたときの印象です

動物ではありませんが もう一つの印象として残っているのは 虫の多さです

おかあさんが学んでいるイリノイ州シャンペーンはのどかな田園地帯にありますから セントルイスから往復する際には広々とした大豆やトウモロコシの畑が続く中を延々と走ることになるのですが 春から秋にかけては この往復で車のフロント部分は見事に虫の屍骸がこびりついてしまうのです
運転席からはそれ程の虫がいるとは思えないのですが 帰ってきて次の朝 さあ 乗りましょうとなって見てみると 見事に圧殺された虫たちの姿を確認することになってしまうのです

かなり丁寧に何度か洗わないときれいに落ちないので 彼らの命を奪ったことは忘れて 文句を言いたくなる気分になってしまいます

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