| 康太君とのお別れ |
それは突然のことでした 動転しましたが 直ぐに癲癇の発作だと分かりました
何とか注射が効いて落ち着いたので医師の説明を聞いた後集中治療室に入っている康太と面会できました 前にも後ろにも大きくバンドが捲かれ点滴のチューブがつながっており 大きく息をして視点は定まっていない様子でした 6月の25日 朝の出来事でした |
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その日25日の午後 先生からの説明ではやはり
とのお話がありました いづれについても同意して経過観察をお願いすることにしました |
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一晩心配でたまりませんでしたが電話連絡が無かったことにホッとしました 朝一番で病院へ向かいます 我が家に戻ってきた康太です 息はもう荒くはありませんが気力はほとんど感じることはできませんでした 6月26日のことです |
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また必要になるかもしれないので点滴用の受け口をそのままテープで止められています もう一カ所は注射ができる血管を探すために毛を剃った際 激しい痙攣で傷つけてしまった個所を保護する包帯です |
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おかあさんが 少しでも息が楽になればと姿勢を変えて顎枕をしてあげました
その日から私たちいずれかが傍にいて見守ることにしました 日中は病院で様子を見てもらい夕方自宅へ引き取る形をとりましたが まずは体力の維持向上を考えて何か食べてもらいたいと思っていました
医師から もう機能が失われているようだ と告げられました 6月28日のことです |
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もう後はお水を含ませたカット綿で口の周りを湿してやれるくらいです 夜は康太を真ん中に家族で川の字になって過ごしました
医師に相談しても良い方策があるわけではありませんが 聞かざるを得ない状況でした |
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明け方5時過ぎから 康太が弱々しい声で泣き出しました 小一時間鳴いたり荒い息をついたりを繰り返したでしょうか 突然ひと声高く鳴いて手を大きく振って そして動きを停めました 康太! どうした!
声を掛けた時 オムツから音と匂いがしました 7月1日の朝6時過ぎのことでした |
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朝一番で病院へ伺い 亡くなったことを告げ手足に巻いてあったチューブと包帯を外してもらいました
写真はその後自宅へ連れ戻って体を拭いてやりドライアイスをあててやっての写真です |
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おかあさんが康太の大好きだった玩具とお八つを傍らに添えてくれます |
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康太の寝顔です |
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この後は 荼毘に付すのを二日後にしたので暫く顔を覆っておきました |
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7月3日 健太もまりもお願いしたペット専用の火葬場へ |
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その形のまま 耐火煉瓦の上に載せてもらいます 大好きだったリンゴも口元にお供えしました |
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おかあさんのお姉さんが不憫だと言ってわざわざ遠くからお別れのためにやって来てくれましたので三人での見送りとなりました |
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おかあさんと伯母さんが最後のお別れです |
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背後には康太の元気な姿が飾られています |
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おとうさんも最後のお別れです 一番康太に助けられたので ありがとう です |
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1時間ほど待って収骨 そして骨壺の袋は健太くんと同じ色と柄の袋としました |
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この子たちの遺骨はいずれ私たちと同じ場所に眠らせようと考えていますのでその時までこの形で弔います おかあさん 今まで以上にお花の購入と手入れに力が入ります |
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康太くん あと一月と少しで16歳を迎えてもらえたのだと思うと残念ですが まりちゃん亡き後の我が家を十分和ませてくれてくれました ほんとにありがとう ペットロス という言葉の意味を本当に強く実感しました 病院へお礼と不要になった備品を差し上げる為に挨拶に行った際 院長から また飼うのでしょと言われましたが あの楽しさや嬉しさを再びと思う反面 もうこのようなお別れはしたくないとの思いも強くあるのです
健太くん まりちゃんそして康太くん 生まれてきてくれてありがとう おとうさんもおかあさんもとっても幸せでした また夢でも会いましょうネ |